和泉の「作る」を支えるチカラ

芦北梓
製造部チーフ 34歳
高校卒業後、和泉に入社。入社以来、一貫して製造に従事する。6年前よりチーフに昇格、製造管理や品質管理などを担う。
穏やかな雰囲気をまとった芦北は、三人の子供を抱えるパパでもある。
高校卒業後、和泉に入社。以降16年間、エアセルマットを製造の立場から支え続けている。
その柔らかな眼差しは、今日もエアセルマットを見守り、和泉の品質を、和泉の「作る」を支え続けている。
もともと、ものづくりが好きだった。
芦北の通った高校は、和泉犬山工場の隣りにあった。
「もともと、ものづくりが好きだった」と語る芦北の性格を、先生はきっと見抜いていたのだろう。芦北は先生のアドバイスのまま、和泉へと入社を決めた。
それから16年、犬山工場は春日井工場へと移ったが、芦北はエアセルマットの製造に関わり続けているのだから、先生の目利きは正しかったのだ。
自分でやるのはかんたん。でも自分しかできないは意味がない。
入社後しばらくは右も左もわからず、ひたすら目の前の仕事をこなしていた。
それも仕方ない。だって、入社前の芦北は、気泡緩衝材のなんたるかはもちろん、エアセルマットの原料すらも知らなかったのだから。
若い頃は失敗もした。
作り過ぎた、足りなかった。注文と違うものをお客さまのもとへと出荷して大事(おおごと)になったことも、今だからこそ言える昔話だ。
自分でモノを作るのは楽しい。
失敗もした。いろいろな実績を積み重ねてきた16年。だからこそ言える、語ることができる。
「なるべく自分でやらないことにしている」
「自ら手を動かさないと、覚えられないのが製造ですから」と理由を語る。
「じれったくありませんか?」
少し、意地悪な質問をしてみた。
優しい眼差しを湛えたまま、芦北は答えた。
「いいえ。確かに、私がやってしまったらかんたんです。でも、『自分しかできない』は意味がありません。
これが私のこだわりかもしれませんね」
お客様の期待を狂わすわけにはいかない。

6年前、チーフに昇格した。現在は、製造計画を担当している。
お客様からの受注を元に、製品アイテムごとの製造計画を立てることが仕事だ。しかし、これはそう容易いことではない。
受注は水ものだ。
過去の受注から、季節による波動(変動)や新製品のリリース、営業からもたらされるお客様の動向などを総合的に判断し、予測する必要がある。理詰めだけで製造計画が作成できれば楽だが、最後のところで経験に基づく勘どころが必要となる。
「製造の現場だけでは知らないことがあった」
発注の流れなど、上流工程はチーフになって初めて見えてきた。
機会損失は、メーカーがやってはいけないことのひとつである。
それは、製造にいたときから分かっていた。しかし、エアセルマットさえ用意すれば、それで良いというものではない。
エアセルマットを包む包装、伝票など、すべてが揃って、初めて製品として完成するということ。ひとつでも切らせば、出荷はできない。
受注は、お客様から和泉に寄せられた信頼であり期待である。
お客様の期待を狂わすわけわけにはいかない。
だから、芦北は細心の注意をはらい、製造計画に従事する。
自分の工夫で和泉が変わる。そのやりがいはある。

チーフの仕事は、製造計画ではない。改善も大切な仕事のひとつだ。
「やっぱり品質だと思う」
和泉のこだわりを、芦北はこのように語る。
しかし、例えばエアセルマットの透明性を保つため、和泉にはいくつものこだわりがある。そのひとつは再生原料に、他社製品を用いないことだ。
当然、こわだりには手間がかかる。
だから、改善を行わなければならない。
こうすれば、もっとロスを減らすことができるのではないか?
新しい治具を考え、作業効率の改善を図ることもある。
新しい方法を考え、試行錯誤する。考え、考え抜いて、今よりも改善を図る。
これまでの経験と蓄積が、新たな工夫を生み、改善へとつながる。
芦北の工夫が、エアセルマットを変え、和泉を変えていくという実感。
それはとてもやりがいのあることだと、彼は照れくさそうに話すのだ。
製造と営業をつなぐ、文字どおりの「緩衝材」であるために。
製造の役目は、製品を作ること。営業の役目は、製品を売ること。
では、チーフであり、製造計画を担う芦北の役目は何なのか?
彼は、緩衝材だと言う。
製造と営業をつなぎ、時には衝突することもある両者をなだめ、エアセルマットの販売をスムーズに進めるための緩衝材がチーフの役目だと言うのだ。
「特に新商品がリリースされた時は、たくさん作って欲しい営業と、従来製品とのバランスを考える製造の間で意向の齟齬が生じることもあります。製造機械を止めないこと、製品出荷を止めないこと、全体のバランスを見ながら、調整しています」
芦北には、いま考えていることがある。
「和泉には、九州工場、関東工場と、ここ春日井工場がありますが、私自身は関東と九州は知りません。機械を見たこともないし、作っているものも違う。三拠点のノウハウを共有し、アドバイスできたらいいなぁと考えています」
芦北のアイディアは尽きない。
その目は和泉のこれからを優しく穏やかに、そしてまっすぐに見据えている。
※本記事の内容は、すべて取材時のものであり、現在とは異なる場合があります。